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横浜地方裁判所 昭和56年(ワ)1429号 判決

原告 三浦信用金庫

右代表者代表理事 稲葉巌

右訴訟代理人弁護士 石川勲蔵

被告 興信商事株式会社

右代表者清算人 関口徹夫

右訴訟代理人弁護士 日笠博雄

主文

一  被告は原告に対し、金五〇〇万円及び

内金五〇万円に対する昭和五一年七月一日から、

内金五〇万円に対する同五一年八月一日から、

内金五〇万円に対する同五一年九月一日から、

内金五〇万円に対する同五一年一〇月一日から、

内金五〇万円に対する同五一年一一月一日から、

内金五〇万円に対する同五一年一二月一日から、

内金二〇〇万円に対する同五一年八月二七日から

各支払済みまで年一四・五パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一、二項と同旨

2  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、被告との間で、昭和五〇年一〇月三一日、いわゆる信用金庫取引約定(以下「本件取引約定」という。)に従うこととしたうえ、同取引約定六条一項及び三条二項に基づき、それぞれ左記の要旨の合意をした。

(一) 被告が原告から手形の割引を受けた場合において、被告が手形交換所から取引停止処分を受け、支払を停止し若しくは原告に対する債務の一つでも期限に弁済しなかったときは全部の手形について、又は、手形の主債務者が期限に支払わなかったり、手形交換所から取引停止処分を受け、支払を停止し若しくは原告に対する債務の一つでも期限に弁済しなかったときはその者が主債務者となっている手形について、被告は原告に対し、原告から通知催告等がなくても当然当該手形面記載の金額の買戻債務を負い、直ちに弁済する(以下「本件買戻特約」という。)。

(二) 被告が原告に対する債務を履行期に履行しなかった場合には、被告は原告に対し、支払うべき金額につき年一四・五パーセント(一年を三六五日として計算する。)の割合による損害金を支払う(以下「本件損害金約定」という。)。

2  原告は、被告から手形の割引依頼を受け、昭和五一年三月一〇日、別紙約束手形目録(一)ないし(三)及び(七)記載の各手形(以下、同目録(一)記載の約束手形を「本件手形(一)」といい、同目録(二)ないし(七)記載の約束手形も同様に表示する。なお、右各約束手形七通を総称して「本件各手形」という。)を、同年四月一〇日に本件手形(四)を、同年五月一二日に本件手形(五)を、同月三一日に本件手形(六)を、いずれも裏書譲渡を受けた。

3  原告は、本件手形(一)ないし(四)、(六)、(七)をそれぞれ各支払期日に各支払場所に呈示し、本件手形(五)をその支払呈示期間内である昭和五一年一一月一日に支払場所に呈示したが、本件手形(一)ないし(三)はいずれも契約不履行の理由で、本件手形(四)ないし(七)はいずれも取引なしとの理由で支払を拒絶され、本件手形(一)ないし(六)の振出人である訴外神東興業株式会社(以下「神東興業」という。)及び本件手形(七)の振出人である訴外村越久商事株式会社(以下「村越久商事」という。)は、いずれも原告に対し、本件各手形の支払をしていない。

《以下事実省略》

理由

一  請求の原因1ないし3項の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  被告は、原告の本件買戻特約に基づく本件各手形の買戻請求は、原告の昭和五六年一一月二八日付け準備書面において初めて主張されたものであるから、既に時効によって消滅している旨主張し、原告は訴状において右買戻請求権を主張しているから、本件訴えの係属した同年六月二九日をもって右時効が中断された旨主張するので判断する。

1  本件訴状には、事件名として約束手形買戻請求事件と記載され、請求の趣旨一項において、原告は附帯請求として年一四・五パーセントの割合による遅延損害金を請求し、かつ、同請求の原因において、「原告は、昭和五〇年一〇月三一日付信用金庫取引約定書の約旨に依り、本件各手形金合計五〇〇万円及び各手形の支払期日の翌日以降年利一四・五パーセントの割合に依る損害金の請求をしたが支払わないので、その支払を求める」旨記載されていることは本件記録上明らかである。

そうすると、原告は、本件訴状において、既に被告に対する本件買戻特約に基づく本件各手形の買戻請求権を訴訟物としているものと解するのが相当である。

2  本件各手形の買戻請求権の消滅時効の起算日が、本件手形(一)ないし(六)については昭和五一年六月三〇日、また、同手形(七)については同年七月六日であることは当事者間に争いがなく、本件訴えが同五六年六月二九日当裁判所に係属したことは本件記録上明らかであるところ、本件買戻請求権は商行為によるものであって(商法五〇三条)、その消滅時効期間は五年である(同法五二二条)から、本件各手形の各買戻請求権の消滅時効は本件訴えの係属により中断されているものということができる。

三  被告は、原告の被告に対する本件各手形の各遡求権がいずれも時効により消滅した以上、原告の被告に対する本件各手形の買戻請求権の行使を認めることは民法一四六条の趣旨に反し許されない旨主張するので判断する。

前記事実及び《証拠省略》によれば、被告は原告の一方的に作成した信用金庫の取引約定書(以下「本件約定書」という。)に署名捺印し、本件買戻特約等を含む信用金庫取引約定をしていることが認められるところ、全国銀行協会連合会が従来の銀行取引の実情に加え学会の意見等を参酌して作成した銀行取引約定書ひな型を公表して以来、全国の銀行、相互銀行及び信用金庫において右ひな型を全国的に採用し、取引先は右銀行等において印刷した取引約定書に署名捺印し、これを交付したうえ、与信取引が行われるようになり、右約定書はほぼ普通業務約款としての性質を有するに至っていることは公知の事実である。したがって、被告が本件取引約定書に一方的に従わざるを得なかったという事情は、右約定書の各条項の解釈に当って考慮されるべき事柄であり、この場合には取引上の慣行を顧慮し、かつ、信義則に従い合理的な解釈がなされるべきであることはいうまでもない。

ところで、原告の被告に対する本件各手形の遡求権がいずれも支払期日から一年を経過し、時効によって消滅していることは当事者間に争いがないが、前記事実及び本件取引約定書の記載によれば、本件買戻特約は、割引手形上の債務者に信用悪化の事態が生じ、将来その手形の支払に不安がある場合には、それが手形の振出人に生じた事由であると、割引依頼人について生じた事由であるとを問わず、その危険を未然に防止し、早期かつ安全に資金の回収を図ることを意図してなされたものであり、したがって、原告の被告に対する本件各手形の買戻請求権の発生は、被告に対する同手形の遡求権の有無とは関わりなく、本件取引約定六条一項の本件各手形の主債務者が期限に支払わないとき又は被告が手形交換所の取引停止処分を受けたときには被告は当然に右買戻債務を負う旨の特約に基づくものであることが明らかである。

そうすると、原告の被告に対する本件各手形の遡求権が時効によって消滅したからといって、原告の右買戻請求権の行使が民法一四六条の趣旨に違反するものとまではいい難く、原告の右主張は採用することができない。

四  被告は、原告は被告に対し本件各手形の振出人に対する手形上の権利の保全措置を講ずる義務があるところ、これを怠り、主債務者に対する手形上の権利が時効によって消滅したのであるから、原告が本件各手形の買戻請求権を行使することは信義則等に違反し、あるいは、原告は本件各手形の額面金額相当額の損害賠償義務がある旨主張するので、検討する。

1  原告は、本件各手形を被告の依頼に基づいて割り引いたところ、原告が本件手形(一)ないし(四)、(六)、(七)を各支払期日に各支払場所に呈示し、また、本件手形(五)をその支払呈示期間内に支払場所に呈示したが、同手形(一)ないし(三)はいずれも契約不履行との理由で、また、同手形(四)ないし(七)はいずれも取引なしとの理由で支払を拒絶されたこと、同手形(一)ないし(六)の振出人は神東興業であり、同手形(七)の振出人は村越久商事であること、本件各手形の各支払期日から現に三年以上を経過し、同手形の右振出人に対する手形上の権利がいずれも時効によって消滅していることは当事者間に争いがない。

2  本件取引約定書一〇条三項には、「権利保全手続の不備によって手形上の権利が消滅した場合でも、手形面記載の金額の責任を負う」旨記載されているところ、同特約は、原告が本件各手形の権利保全措置を講じなかったことにより、右各手形の振出人に対する手形上の権利が消滅した場合でも、原告の被告に対する本件各手形の買戻請求権には何らの影響をも及ぼさないことを明らかにしているものということができるが、仮に、原告の責に帰すべき事由によって右保全措置が講じられなかった場合には、原告は被告に対しこれによって被った損害を賠償すべき義務を負うものと解するのが相当である。

3  そこで、本件各手形についての権利保全措置が講じられなかったことにつき、原告の責に帰すべき事由があるか否かについて、検討する。

前記一項の事実に加え、《証拠省略》を総合すれば、原告は、本件手形(一)がその支払期日の昭和五一年六月三〇日に支払を拒絶された時点において、当時の被告代表者に対し、本件買戻特約に基づき、本件手形(一)ないし(六)の買戻義務を負うに至ったことを告げたが、同代表者は右支払の猶予を求めるのみであったこと、同五一年七月六日、被告は、手形交換所の取引停止処分を受け、同日本件手形(七)の買戻債務を負う(この点は当事者間に争いがない。)とともに事実上倒産し、同年九月二四日解散したこと、更に、本件手形(一)ないし(六)の振出人の神東興業は、同月九日、また同手形(七)の振出人村越久商事もまた同年八月一〇日、いずれも手形交換所の取引停止処分を受け、いずれも事実上倒産し、資力を有しなくなったこと、原告は、本件手形(二)ないし(七)につき、その所持人として各支払期日又は呈示期間内に各支払場所において右各手形を呈示したこと、被告は、神東興業に対する機械等の売買代金の支払のため同会社から本件手形(一)ないし(六)の振出し、交付を受け、また訴外株式会社富士建に対する同様の売買代金の支払のため同会社から本件手形(七)の裏書譲渡を受けたものであるが、神東興業及び株式会社富士建に対し右原因債権に基づいてこれが権利保全の措置さえも講じていないことが認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、原告が本件各手形の所持人として振出人に対して権利保全措置を講ずるということは、無資力者を相手方として時効中断のための裁判上の請求をすることであり、しかも、右各手形金を実際に回収し得るか否かも極めて疑問であるといわざるを得ない。

そのうえ、《証拠省略》によれば、本件取引約定書一〇条五項には、「私に対する権利の行使もしくは保全または担保の取立もしくは処分に要した費用および私の権利を保全するため貴金庫の協力を依頼した場合に要した費用は私が負担いたします。」と記載されているから、原告が本件各手形の振出人に対し時効中断のために行う裁判上の請求に関する一切の費用もまた原告の負担になるものと解さざるを得ない。

そうすると、本件各手形が前記のとおり割引手形であるうえ、本来、被告が本件各手形の買戻義務を負担しながら、その履行を怠っているにもかかわらず、原告が自らの責任と負担において右各手形についての時効中断のために裁判上の請求までしなければならないと解することはいささか公平を欠く憾みがないわけではないが、この点はさておいても、原告に対し、無資力な振出人を相手方として、原告の負担において、本件各手形についての時効中断のために裁判上の請求までしなければならないと解することは著しく妥当性を欠き、かえって、被告において、なお右措置が必要であるとするならば、右買戻義務を履行したうえ、自らの責任と負担においてこれをなすべきものと解することが公平であるといわざるを得ない。

したがって、原告が本件各手形について権利保全措置を講じなかったことには責むべき事由がないものというべきであり、被告の前記主張は採用することができず、またこれを前提とする過失相殺の主張については判断するまでもなく、失当である。

五  被告は、原告の請求は民法三九四条一項に反しているから許されない旨主張するので、判断する。

原告が本件各手形の本件買戻請求権等を被担保債権として被告所有の不動産に本件各根抵当権を設定していることは当事者間に争いがないところ、民法三九四条は、抵当権者が被担保債権について債務名義を得ることまでを禁止する趣旨ではなく、抵当権者のする債務者の一般財産に対する強制執行につき他の一般債権者に異議権を与えたにすぎないものであることが明らかであるから、被告の右主張は、その余の点について判断するまでもなく、失当であるといわなければならない。

六  被告は、原告の被告に対する本件各手形の引渡義務と被告の原告に対する同手形の買戻義務は同時履行の関係にある旨主張するので判断する。

原告と被告間では、本件買戻特約に基づき、被告が原告から手形の割引を受けた場合において、被告が手形交換所から取引停止処分を受けたときなどには全手形について、また、当該手形の主債務者が期限に支払わなかったときなどには、その者が主債務者となっている手形について、被告は原告に対し、当然に当該手形面記載の金額の買戻債務を負い、直ちに弁済すること、また、本件損害金約定に基づき、被告が原告に対する債務を履行期に履行しなかった場合には、支払うべき金額につき年一四・五パーセントの割合による損害金を支払う旨の特約が存することは当事者間に争いがないから、右事実によれば、いずれも神東興業の振出に係る本件手形(一)ないし(六)については、原告が本件手形(一)を呈示して支払を拒絶された昭和五一年六月三〇日に、本件手形(一)はもとより、その余の本件手形(二)ないし(六)についても被告にその買戻債務が発生すると同時にその弁済期が到来し、よって、被告は同年七月一日から右買戻債務についてその履行遅滞に陥ったものであり、また、村越久商事の振出に係る本件手形(七)については、前記認定のとおり被告が手形交換所の取引停止処分を受けた同年七月六日に被告に右手形の買戻債務が発生すると同時にその弁済期が到来し、被告は同月七日から右買戻債務につき履行遅滞に陥っているものといわざるを得ない。

したがって、被告は原告に対し、本件各手形の買戻債務を本旨に従って履行するためには、右各手形の額面金額相当額とこれに対する履行遅滞に陥った日以降の年一四・五パーセントの割合による約定損害金を付加して支払うことが必要であり、その支払を受けた上で、原告は、被告に対し、右各手形を返還すれば足りるものというべきである。

そうすると、被告の原告に対する本件買戻債務の履行と原告の被告に対する右各手形の引渡しとは民法五三三条にいう同時履行の関係にはなく、民法四八七条の規定による債権証書の返還の場合と同様の関係にある(もっとも、手形の返還が遅滞するなどして損害が生じた場合にはその賠償責任が問題となりうる余地はある。)ものといわざるを得ず、被告の右主張は採用することができない。

七  よって、被告は原告に対し、本件買戻特約に基づき、本件手形(一)ないし(六)の手形の額面金額の合計額三〇〇万円及びこれに対する昭和五一年七月一日から、また本件手形(七)の額面金二〇〇万円及びこれに対する同五一年七月七日から、各支払済みまで年一四・五パーセントの割合による約定損害金の支払義務があるものというべきであるところ、原告の本訴請求は右限度内であり、いずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古館清吾 裁判官 足立謙三 裁判官吉戒修一は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 古館清吾)

〈以下省略〉

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